「子どもだけの世界では、子どもの価値観が物語を推進していきます」

雪の降り積む青森県弘前市で、父親が働く魚市場を訪ねる6歳の少年の姿を詩的に描いた映画『泳ぎすぎた夜』は、藤枝市(旧岡部町)出身の五十嵐耕平監督とフランス人のダミアン・マニヴェル監督が共同制作し、昨年のヴェネチア国際映画祭にも正式出品された意欲作だ。5月12日から静岡シネ・ギャラリー(静岡市葵区)で始まる上映を前に、国籍の異なる2人の映画監督が紡いだ作品の魅力について、五十嵐監督にうかがった。

―マニヴェル監督とは、2015年のロカルノ映画祭で偶然席が隣同士になって意気投合したとうかがいました。映画制作に関するお2人の共通点は?

五十嵐 映画はこうやって撮影するものだという固定概念が、僕にも彼にもあまりない。そのときに面白く撮影できるやり方で撮ろうとします。そうすると今まで観たことのない映画ができるし、撮影する土地や登場人物を、こちらの思いで捻じ曲げずに大切にできる。ただ、それを実現する方法論が2人の間でちょっと違う。でも、その差異をお互い尊重しあうから、新たな発見があるしアイデアもたくさん生まれてきます。

−雪の街を舞台にした子どもを主人公にした映画を撮ろうと、2人であらかじめ決めていたんでしょうか?

五十嵐 今僕は34歳なんですが、子どもって何を考えているか大人になるとよくわからなくなってしまうじゃないですか。僕も子どもに会うたびに「なにを考えているんだろう」って思っていて。でも「僕も少年時代は、今とは違う感じ方や考え方をしていたはず。だから子どもを主人公にした映画を撮れば、それが発見できるかもしれない」って思ったんです。
一方で、ダミアンは雪を撮りたかった。彼はフランス北東部出身で、雨や曇の天候が続く街の生まれです。今彼が住んでいるパリもそんなに雪は降らない。だから雪に馴染みがなかった。それで一緒に映画を撮ることになって、僕がそれまで何度か訪れていた弘前をロケ地としてダミアンに提案しました。

−主人公の古川鳳羅(こがわたから)君とはどのように出会いましたか?

五十嵐 弘前の吉野町煉瓦倉庫で開かれていたライブイベントで出会いました。東北の地方都市の弘前は、やっぱり車社会で特に冬場はほとんど人が出歩いていません。だから地元在住の出演者を探すためにそこを訪れたんです。そしたら縦横無尽に走り回っていた子どもがいて。それが鳳羅君でした。すぐに目を奪われてしまって、ライブが終わった後に一緒にいたお母さんに「お子さんに映画に主演してほしい」と打診しました。本人は「出る」って即答してくれたんですが(笑)、まず信頼関係を築こうと、何回か一緒にご飯をご家族と食べて、ご両親の承諾を得ました。最終的に本人だけでなく、ご両親とお姉さんにも出演してもらうことになりました。

−撮影はどのように進めていったんでしょうか。

五十嵐 映画の撮影って、やっぱり大人のルールで撮らなきゃいけないじゃないですか。僕たちにも準備したシナリオがあるし、事前に撮りたいシーンもありました。でもプロの子役じゃなかったら子どもが完璧にそれをこなすことはできない。特に鳳羅君は自由奔放な性格だから、やりたくないことはしない。だから撮影初日から、僕たちが歩み寄って鳳羅くんと映画を撮れる方法を探りました。だって、大人のルールに従わせたら、僕たちのイメージを彼に押し付けるだけですよね。子どものポートレートを撮ることにはならない。そういうことをダミアンと話し合って、脚本の細部を変えていったんです。

−具体的に変えたのはどの場面ですか?

五十嵐 なにげないシーンですね。鳳羅君が撮影の合間にやっている遊びを「それ面白いね」って、組み込んでいったんです。雪玉を投げるとか。犬と吠え合うとか、靴に入った雪をかき出すとか。駅で横になって寝るシーンも、鳳羅君が疲れるとうとうとすることがあったので、膨らませたシーンです。そのシーンの撮影日も、寝たふりをしてもらったら、本当にぐっすりと寝てしまった。

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