- 田中さんが身体と共にあることに気づくのは、どういった瞬間ですか?

田中 たとえば10年ほど前、インドネシアの田舎町でドキュメンタリーの撮影に参加したことがあります。そのとき、現地のおばちゃんたちと会話し、自分もその仕事を手伝ったんです。そこで「俺、おばちゃんたちと比べて口ほど身体が”開いていない”」って気づくんです。おばちゃんたちの身体の方が複雑に動く。仕事を3つも4つも同時にこなしながら、平然としている。要するに身体が覚醒しているんですね。それに引き換え先進国と呼ばれる日本なんて、自分たちで進化を遅らせているだけでしかない。一つのことしかやれない身体にさせられている。同時に複数のことをやらされるとかえって混乱しちゃう。

-そういった感覚を日本人は失っているということでしょうか?

田中 「集中」することを間違って理解している。「世界」に集中する方法がもっとあるはずです。ボタンひとつで、なんでも操作できるようになって、そういう身体の使い方ができなくなった。一方向にしか集中していない。おそらく昔の人たちより時間を有効に使っていない。使い道のない情報が脳を占めて、変にゆとりを失っている。果たしてそれが「世界」かしら。

-田中さんにとっての「世界」とは?

田中 「世界」は情報でできあがっているわけではないですね。「世界」は本来沈黙ですし、動いてみせてくれないものですよ。あるとき、土方巽【※】に「道端の小さな花に対して、心から『ありがとう』って言える?」って問いかけられたことがあります。その時僕は、とてもドキっとして「言えないですね」って答えた。そしたら土方さんは「そうだよね」っておっしゃった。「まだ、自分はまだダメだ」って言っていた。「ふと風に当たって『生きている』って言いたい」ってさっき言ったけど、それと同じ。風って、とんでもないものを運んでるでしょ、花粉なんてすっごい量飛んでる。生命から匂いから何から、そこに僕らの思い出までぱーっと放っちゃうから。風が止んだら、生命活動に支障をきたす。それも太陽がある限り風は絶対に止まないし、地軸がやや斜めであるおかげで地球は1日に1回転して、まるで同じ所に戻っているような錯覚に陥るけれど、実は別の場所にいる。すごいことだよね。そういうことが痛快だって言える人になりたいね。

【※】土方巽…田中泯さんが私淑したダンサー。1928-1986年。1950年代後半以降のダンスのみならず、当時の日本文化に関わりのあるあまたの表現者たちに多大な影響をもたらした「暗黒舞踏」の創設者。

取材日=2017年10月28日
取材地=樂土舎(静岡県袋井市)
聞き手・撮影=小林 稔和

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