ー 映像作家を志したきっかけは高校時代に?

小森 いえ、静岡東高校ではバレー部でした(笑)。でも、もの作りが好きだったので美大に入りました。最初は、舞台美術志望だったんですね。でも、入った美術学部の先端芸術表現科が、何を伝えたいのか問われる場所だった。そこで訓練を受け、ダブルスクールで通った映画美学校でもカメラを回して、やりたいことを徐々に見つけていった感じです。それに、監督を頂点とする劇場映画の作り方にも違和感を感じていました。協働的な作品制作のあり方を模索していく中で、ドキュメンタリーや記録映像を意識するようになりました。

ー 尊敬する映画監督や映像作家さんはいますか?

小森 新潟水俣病の未認定患者さんたちの暮らしを描いたドキュメンタリー映画「阿賀に生きる」(1993 年制作)を監督した故人の佐藤真さんです。新潟県の阿賀野川流域にスタッフ7人で3年間住みこみ映画を完成させた方です。陸前高田に入ったものの、どうすべきか悩んでいたとき、「阿賀に生きる」に出会って、作品の思想にとても助けられました。阿賀では今も毎年「阿賀に生きる」の上映会があるんです。現在はもう亡くなられている患者さんたちの映像に、会場から毎回拍手が送られます。私に同じことができるとは思いませんが、映画表現の豊かさを教えてもらいました。

ー今後の活動について教えてください。

小森 陸前高田は私が作品をつくる上で大事な場所で、ずっと通い続けると思います。2015年には、仙台市に「NOOK(のおく)」という一般社団法人を仲間と立ち上げました。東北地方の民話の語り手さんの記録映像を撮影したり、公開インタビューやワークショップを行ったりしています。「NOOK」は、「隅っこ」「静かな場所」という意味で、暮らす人たちの営みや文化を外から明るみに出すのではなく、そこにあることを認めて記録していくという意味を込めています。

ー 出身の静岡を舞台にするならどんな映像を撮りたいですか?

小森 学生時代に、幼い頃からよく通った父の実家がある川根本町を舞台に短編作品を制作したことがあります。川根の風景を記録に残しておきたいという気持ちは常にありますね。震災以降、当たり前にあると思っているものを喪失するかもしれない、という気持ちを故郷の風景に対しても抱くようになりました。いつかもう一度、川根の風景を撮影するときが来るかもしれないと思っています。

ー ありがとうございました。

文責/聞き手 小林稔和(2017年取材日7月31日)

「息の跡」静岡上映
静岡シネ・ギャラリー
9月30日〜10月13日
先行上映会が開かれる9月29日は、小森監督が舞台挨拶に登場します。
問い合わせ先 054-250-0283

<小森はるか監督プロフィール>
1989年静岡市生まれ。映像作家。静岡東高校を卒業後、東京藝術大学美術学部先端芸術表現科入学。ダブルスクールで映画美学校に通う。2015年、同大学院修士課程修了。現在は一般社団法人「NOOK」理事として、仙台市を拠点に活動している。http://komori-seo.main.jp/

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