ー 登場人物はほぼ佐藤さんだけです。親子ほど年齢が離れていてよそ者であるにも関わらず、佐藤さんの土地への思いや店に対する情熱を受け止めようとする監督の強い意志を映像から感じたのですが、距離感はどのように保ちましたか?

小森 一見ホームビデオのような優しい雰囲気を映画から感じる人もいると思うんです。でも、馴れ合いの関係になってしまわない、ギリギリのところでカメラを回したいといつも思っています。どれだけ親しくなっても、人と人の間にカメラが挟まっている緊張感を忘れないでいようと撮影を続けてきました。わたしは佐藤さんの良き理解者になるためにカメラを持っているわけではなく、よそ者であるからこそ残すべき記録があると、撮影しながら気付きました。
震災直後に、ボランティアとして被災地に来た当初は、何か役に立ちたいというだけで、撮影するつもりはありませんでした。でも、宮古市の避難所で出会ったおばあさんから「私が直接故郷を見にいくのは辛い。だからカメラを持っているあなたたちに撮って来てほしい」と頼まれたんです。誰かの目の代わりになって記録をすることが、自分たちの役割ではないのかと気づかせてもらいました。それが今につながっています。

トマトの苗の生育具合を確認する佐藤さん。佐藤さんはトマト栽培に関する特許も所有している

 

ー 沿岸部のかさ上げ政策によって、店の移転が決まり、プレハブ小屋を解体するラストのシーンが印象的です。佐藤さんが自ら掘った井戸を壊すシーンは、ぐっとくるものがありました。

小森 当初、大学院の修了制作として、完成させようと思っていただけで、映画として公開するつもりは全くありませんでした。それが縁あって、2015年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映したとき、「もっと多くの方に見てもらうべき作品だ」と言ってもらえたんです。そこから劇場公開の話が具体的に進んでいきました。ただ、公開するなら再編集する必要があると感じていました。佐藤さんだけが特別な人に見えてしまわないようにしたかったんです。編集の秦岳志さんと一緒に再構成していく中で、最初のバージョンは佐藤さんの独り語りが多かったんですが、私と佐藤さんの会話を中心に編集し直しました。お店の解体シーンは、映画祭が終わった後の2016年6月に撮影したもので、劇場公開版から追加されたシーンの一つです。

「佐藤たね屋」の旧店舗があった陸前高田市高田町は、同市の発表によると最大浸水高17.6メートルの津波被害を受けた。沿岸部のかさ上げ政策によって、佐藤たね屋は、2016年に内陸部に移転した

 

ー 「息の跡」は記録について問いかける映画でもあります。小森さんにとって記録とは?

小森 世界には大事な雫がいっぱい落ちてきている。でもほとんどの雫を私たちはキャッチできない。でもときたま自分がそこにいて掬えることがある。それが記録なのかなと思います。そしてそれはとても大事なものだから、人に手渡したい。私はテーマを設けて真実を追求していくタイプではありません。自分の身体感覚を磨き上げ、雫が落ちる場にできる限り居あわせたいと、心がけています。
この映画でも、手記を朗読する佐藤さんの声は、未来の街や、同じように災害を経験した遠い国にいる、顔の見えない一人一人の心を思う、祈りのようです。その祈りが誰かに届くように、記録し伝えることが私の役割だと思っています。

佐藤さんの手記に英語で記された店舗周辺の手書きの地図

 

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