− 西洋におけるアジア文化の受容についてはどのようにお考えですか?単なるオリエンタリズム、異国趣味に陥らないようにするためにはどのようなことを?

宮城 観る人が観ればわかるんですが、要所でソポクレスの『アンティゴネ』に則っています。たとえば、ギリシア悲劇特有の「コンモス」(嘆きの歌)を取り入れています。ギリシア悲劇は理論と理論のぶつかり合いです。ところが、突如感情が発露する場面が現れる。これが「コンモス」です。「愁嘆場」って、日本の文楽や歌舞伎などにもありますよね。「かわいそうやな」って観客が思ってしまうような。ギリシア悲劇で用いられる様式や感性に似たものが、同じ多神教の国である日本には残っている。だから、その後一神教であるキリスト教を受容した西洋人より、東洋の端っこにいる僕たちの方がギリシア悲劇の感覚や様式をかえって理解しやすい側面がある。演じる側としてその前提を踏まえた上で、ギリシア悲劇の様式を踏襲していることを、観客にきちんと提示したいと思っています。

悲嘆にくれるアンティゴネを演じる俳優の美加理

 

− ギリシア悲劇を題材にしているのに、日本の伝統文化も随所に盛り込まれています。盆踊りも踊りますよね。ただし、スティールパンの入ったサンバ的なリズムで。

宮城 僕は、日本的な文化を腑分けしていけば、固有の文化、オリジンにたどり着けるだろうと考えていました。中国、インド、チベットとの違いを見つけようと思っていた。しかし、どこまでいっても文化は混交の産物で、アマルガム(合金)なものだと気付いたんです。インドだろうがチベットだろうが、日本だろうが、アメリカだろうがブラジルだろうが、フラスコの中で育つ文化はない。自分にないものを見つけることで文化は生まれる。つまり、文化は混交でしか前進しません。どこまでいっても、オリジナルの文化などない。文化と文化が変化しあって新しい文化が誕生するわけです。

− ただ、混交しているとバラバラになったり、ぐちゃぐちゃになったりすると思うのですが、SPACの演劇を特徴付ける文化的な多様性を、何が取りまとめているんでしょうか。

宮城 文化は多元的で、要素に優劣はありません。ただし、僕たちはこの土地で日本語を喋りながら生きています。作物、気候、風土、母語は選べないですよね。要素を詰め込む壺は、そういったものに規定されていているということです。

通し稽古をするSPACの俳優陣。タイミングなどを微調整する。ちなみにこの日、外は豪雨だった(6月21日、静岡市清水区)

 

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